後藤家九代目程乗は、七代目顕乗の次男で慶長八年の生まれである。幼名を源一郎と父顕乗と同名で、諱は光尹と名乗った。寛永元年に父正継が剃髪して顕乗と号したとき、理兵衛家の二代目を相続し、名を理兵衛光昌と改めた。その後宗家の八代目即乗が三十二歳の若さで亡くなり、後継者の廉乗が四歳であったことから、顕乗が一時宗家を預かり、後に程乗が宗家の九代目を相続した。廉乗が十八歳になった折に宗家十代目を引き渡し、二十五歳になるまで後見した。また程乗は加賀前田家に覚乗の子演乗と隔年交替で出仕し、加賀百万石文化の発展に大きく貢献している。
 本作は雌雄の鶏と雛をそれぞれ配置よく高彫し、仲睦まじい姿が生き生きと表現されており、程乗の技倆の高さがうかがえる格調高い優品である。