後藤家十代目廉乗は八代即乗の四男で寛永五年の生まれ、幼名は亀市、俗名を源四郎といい、正保二年十八歳の時に宗家の名乗りである四郎兵衛を襲名し名を光侶と改め、承応元年に二十五歳で宗家十代目を相続した。後藤宗家は代々京都に居住してきたが、幕命によって廉乗が寛文二年に初めて江戸へ移住し、以後十七代典乗光則に至るまで江戸に居住している。天保三年五十六歳の時に剃髪して廉乗と号し、元禄十年に養子の光寿へ宗家十一代目を譲って京都に隠居した。
 本作は、一見すると町彫の様な雰囲気であるが、人物、苫舟などを子細に見ると後藤家の仕事であり、小柄全体に品格があり廉乗のセンスと技量の高さが伺える優品である。