後藤宗家十六代方寿光晃は、十五代光美の三男として生まれ、父の光美が五十六歳で隠居したのを期に家督を相続し、四郎兵衛光晃と名乗った。光晃は十二代光理以降の各代にあって最も技倆が優れていると称されている。
 本作は後藤家では数少ない鐔に翁三番叟図が見事に彫り上げられており、格調高い光晃の技倆と濃やかさを伺える優品である。