柳川家は横谷派の名門であり、直光が十八歳の時に柳川直政に入門し、のちに直政の養子となった。師の死去により二十五歳の時に家督を継ぎ三左衛門を襲名した。菊岡光行をはじめ多くの子弟を養成し、直春が八歳で祖父の直政と死別しているのでその後見となり、その成長を待って柳川家の家督を譲り隠居した。
 本作は金地に赤銅にて倶利伽羅龍を彫り上げており、直光の技倆の高さがうかがえる精巧堅実な入念作である。