後藤一乗は、後藤家の掉尾を飾る名工である。寛政三年に後藤家の分家である七郎右衛門家四代重乗の子として京都に生まれ、兄に是乗光?、弟に久乗光覧がいる。はじめは光貨といい、ついで光行、さらに光代と名乗り、文政七年三十四歳の時に光格天皇の御剣金具を制作した功により。法橋の位を授かった。その折に入道して一乗と号し、文久二年には光明天皇の御太刀金具を制作し、翌年法眼に叙せられて、明治九年に八十六歳で歿するまで多くの門弟を輩出した。
 本作は四分一地に立鶴を一乗独特の感覚と卓越した技量で見事に表現しており、格調高く、また保存状態の優れた名品である。